マルチオミクス解析
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次世代シーケンサー(NGS)の普及により、遺伝子の変異や発現量を網羅的に調べられるようになりました。一方、単一のデータ層だけでは、観察された変化の背景や生物学的な意味を十分に説明できない場合があります。ここでは、複数のオミクスデータを組み合わせる「マルチオミクス解析」について紹介します。
マルチオミクス解析とは
マルチオミクス解析は、ゲノムやエピゲノム、トランスクリプトームといった複数のオミクスデータを統合して解析するアプローチです。生体内の分子を網羅的に測る「オミクス」を1層だけ見るのではなく、複数の層を掛け合わせて生命現象をとらえます。
オミクス解析の一つの階層のみを見ていると、観察された現象の背後にあるメカニズムや因果関係を考察・解釈する上で限界が生じることがあります。例えばNGSでDNAの変異が見つかっても、その遺伝子が実際にはたらいているかはわかりません。逆にRNA-Seqで発現量の変化をとらえても、その変化がDNA配列の違いによるものか、それ以外の要因によるものかは判断できません。
複数の層を組み合わせることで、個別に得られた「点」の情報を関連付けて解釈できます。DNAのバリアント、遺伝子制御の状態、RNA発現などを一連の情報として捉えることにより、疾患メカニズムの研究や創薬標的・バイオマーカー候補の探索に役立つ可能性があります。
そもそも「オミクス」とは何か
オミクス(Omics)は、生体内にある特定の種類の分子を網羅的に測定し、ひとまとまりのデータセットとして扱う研究領域です。DNAからRNAが転写され、RNAからタンパク質が翻訳され、作られたタンパク質の活性の結果として、その先に代謝産物が生まれるという情報の大まかな流れがあり、それぞれの段階に対応するオミクスが存在します。しかし実際の生体内では、エピゲノムによる転写制御、RNA制御、タンパク質修飾、代謝物によるフィードバックなど、さまざまなオミクスの階層が相互に影響し合う複雑なネットワークが形成されています。そのため生命現象を理解するためには、一つのオミクス層だけでなく、複数のオミクスを統合的に解析することが重要になっています。
ゲノミクス(ゲノム)
ゲノミクスは、DNAの塩基配列そのものを網羅的に調べる領域です。生物の設計図にあたる情報を扱い、どこにどのような変異があるのかを明らかにします。
NGSを用いた解析では、全ゲノムを対象とする方法に加え、関心のある遺伝子領域に絞るターゲットシーケンスも選択できます。研究目的に応じて解析範囲を決めることで、コストとデータ量を抑えながら精度の高い変異検出が可能になります。詳しくは変異解析(ターゲットシーケンス)のページで解説しています。
トランスクリプトミクス(トランスクリプトーム)
トランスクリプトミクスは、細胞内でRNAとして実際に読み出された情報を網羅的に調べる領域です。設計図であるDNAに対して、そのコピーがどれだけつくられているかを見る層にあたります。
同じゲノムを持つ細胞でも、状況によってはたらく遺伝子は変わります。そのため、疾患による変化や薬剤への反応を調べるうえで欠かせない情報になります。詳しくは遺伝子発現解析(RNA-Seq)のページで解説しています。
プロテオミクス・メタボロミクス
プロテオミクスはタンパク質、メタボロミクスは代謝産物を対象とする領域です。RNAがつくられても必ずタンパク質になるわけではないため、実際にはたらいている分子をとらえる層として重要な位置を占めます。
プロテオミクスやメタボロミクスでは、質量分析など、核酸シーケンスとは異なる測定技術が広く用いられます。一方、測定対象を核酸タグなどに変換し、NGSを読み出しに用いるアプローチもあります。組み合わせるオミクス層は、研究目的、試料、必要な解像度、解析環境に応じて選択します。
鍵になる「エピゲノム」とは
同じ人の体内にある細胞は、がん細胞や免疫細胞などの例外を除くと基本的にどれも同じDNA配列を持っています。それにもかかわらず、皮膚の細胞と神経の細胞ではまったく違うはたらきをします。この違いを生んでいるのがエピゲノムです。
エピゲノムは遺伝子のスイッチを決める仕組み
エピゲノムは、DNAの塩基配列そのものは変えずに、遺伝子のはたらきを切り替えるDNA・ヒストン上の化学修飾の相称です。代表的なものにDNAのメチル化があり、そのほかヒストン修飾やクロマチン構造の変化なども含まれます。
エピゲノムが注目されている理由は、後天的に変化する点にあります。DNA配列は生まれたときからほぼ変わりませんが、エピゲノムは加齢や環境要因、生活習慣によって変化します。つまり、環境が疾患にどう影響するのかを分子レベルで説明できる手がかりになるわけです。がん発生・分化などの生物学的プロセスの研究でも、重要な解析対象として扱われています。
NGSでエピゲノムを解析する方法
エピゲノムの状態も、NGSを用いて網羅的に解析できます。代表的なのがメチル化シーケンシングで、ゲノム上のどの位置がメチル化されているかを調べる手法です。
このほか、クロマチンアクセシビリティを調べるATAC-Seqや、ヒストン修飾や転写因子などのDNA結合位置を調べるChIP-Seqがあります。シーケンスを読み出しに用いますが、サンプル調製やライブラリー調製、解析手法はアプリケーションごとに異なります。NGSを共通の読み出し基盤として活用できることは、複数のオミクスデータを取得する際の利点の一つです。
マルチオミクス解析が活用できる
研究分野・目的の具体例
マルチオミクス解析は、ひとつの層だけでは解釈が確定しない場面で活用されます。変異と発現、あるいは修飾と発現を関連付けて解釈できるため、複雑なメカニズムを扱う研究に適しています。
- がん組織における変異とメチル化異常の関係の解析
- 希少疾患・遺伝性疾患の原因究明
- 創薬ターゲットやバイオマーカーの探索
- プレシジョンメディシンに向けた患者層別化の研究
- 環境要因や生活習慣が疾患に影響を及ぼす経路の解明
例えばがん研究では、遺伝子の変異が見つかったケースだけでなく、変異がないのにメチル化によって遺伝子のはたらきが失われているケースも確認されています。ゲノムとエピゲノムを組み合わせて解析することで、配列情報だけでは捉えにくい変化を含めて研究できます。
希少疾患研究では、既知の病原性変異が見つからず原因が特定できない症例が課題になってきました。メチル化のパターンをあわせて調べることで、変異の検出だけでは届かなかった範囲まで踏み込めます。創薬研究では、変異と修飾の両方から遺伝子のはたらきを追うことで、薬剤ターゲットの候補を絞り込む材料が増えます。発生生物学や、環境要因と疾患との関連を扱う研究などにもマルチオミクス解析は活用されています。
マルチオミクス解析の基本的な手順
マルチオミクス解析では、同じサンプルから複数の層のデータを取得し、最後にそれらを統合します。ここでは、NGSを用いた基本的な流れを紹介します。
サンプル調製・ライブラリー調製
まず、解析対象となるサンプルからDNAやRNAを抽出し、それぞれのオミクス解析に合わせたライブラリーを調製します。ゲノム用、エピゲノム用、RNA用といったように、目的に応じて調製の内容が変わります。
可能な場合は、同一試料または対応付けられた試料から各層のデータを取得することで、試料間差の影響を抑えやすくなります。ただし、必要な試料量や保存条件、各アッセイの要件によって設計は異なります。研究目的に応じて、試料採取、分割、バッチ、品質管理を含む実験計画を事前に検討することが重要です。
シーケンス
調製したライブラリーを次世代シーケンサーで読み取り、塩基配列データを取得します。得られたデータは、塩基配列と品質情報を含むFASTQファイルとして出力されます。
マルチオミクス解析では複数の層の情報を得るために複数回のシーケンスが必要となるため、必要なデータ総量は単一オミクス解析より多くなります。どの層をどの深度で読むかを事前に設計しておくことが、コストと得られる情報のバランスを取るうえで欠かせません。
データ解析・データ統合
取得したデータは、まず層ごとに個別に処理します。品質確認を行ったうえで、ゲノムであれば変異の検出、エピゲノムであればメチル化部位の特定、RNAであれば発現量の算出といった解析を進めます。
そのうえで、層をまたいでデータを突き合わせるのが統合解析です。マルチオミクス解析でもっとも難しいのがこの工程で、層ごとにデータの性質や単位が異なるため、そのまま並べても解釈できません。しかし、近年は複数の層のデータをまとめて読み込み、統計解析から可視化までを一連で扱える解析パイプラインも提供されています。
次世代シーケンサーの操作にハードルを感じ、受託サービスを検討する研究者もいるかと思います。操作不要であることや初期費用の観点から受託サービスを選択するケースもありますが、運用頻度や研究体制によっては、装置を購入した方がメリットが大きい場合もあります。
当サイトでは受託ではなく購入する価値やはじめて次世代シーケンサーを購入する方におすすめのシステムも解説しているので併せて参考にしてください。
次世代シーケンサーが
マルチオミクスを牽引している
マルチオミクス解析がここまで広がった背景には、NGSの存在があります。ゲノム、エピゲノム、トランスクリプトームという主要な層を同じ技術基盤で読み取れるため、複数の層のデータを揃えるハードルが大きく下がりました。近年はさらに、複数の層を1回のワークフローで同時に読み取る技術も登場しています。
ゲノムとDNAメチル化を同時に解析する「イルミナ5塩基ソリューション」
イルミナ5塩基ソリューションは、A・T・G・Cの4塩基に加えて、5-メチルシトシン(5mC)の情報を取得し、単一のサンプル、ライブラリー調製、シーケンスラン、解析ワークフローからゲノムバリアントとDNAメチル化を同時に解析するソリューションです。イルミナは2025年10月に、本技術を発表しました。
バイサルファイト法のような従来のメチル化解析では、メチル化されていないシトシンをウラシルに変換し、最終的にチミンとして読み取る方法が使われてきました。ゲノム中のシトシンは大部分がメチル化されていないため、この方法では配列の多くが置き換わり、ライブラリーの塩基多様性が低下し、リードのアライメントや高精度なバリアントコーリングが難しくなる場合があります。
イルミナ独自の変換ケミストリーは、5mCを選択的にチミンへ変換し、非メチル化シトシンを保持します。変換される箇所が限られるため、ゲノムの複雑さとバリアント情報が保持されます。これにより、1サンプルからゲノムのバリアント(変異)とDNAメチル化を同時に検出でき、メチル化については単一塩基の分解能で調べられます。ゲノムとメチル化を別々のライブラリーで測る必要がないため、調製の手間とシーケンスのラン回数も抑えられ、結果的にコスト効率の高いマルチオミクス解析が実施できます。
マルチオミクス解析は、変異・修飾・発現という複数の層を束ねて生命現象をとらえるアプローチです。ひとつの層だけでは説明がつかなかった現象に、根拠を持って踏み込めるようになります。なかでもエピゲノムは、DNA配列の違いだけでは追えない変化をとらえる層として重要な位置を占めます。
イルミナ5塩基ソリューションのように、ゲノムバリアントとDNAメチル化を単一のワークフローで解析する技術も利用可能になっています。がん、希少疾患研究、創薬、プレシジョンメディシンなどの研究において、マルチオミクス解析はこれから欠かせないアプローチになると考えられています。NGS解析を自施設で行える体制を整えれば、研究目的に合わせて対象とする層や範囲を柔軟に設計しやすくなります。
「次世代シーケンサーのすゝめ」
次世代シーケンサーは未来の研究や製品開発の可能性を広げる重要な装置です。しかし、初めて次世代シーケンサーを導入する方にはハードルが高く感じられるケースも少なくありません。
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